バカラと言えば、ハイローラーに好まれ大金を獲得した多くの伝説を生み出すカジノゲーム!大金を手にする一方、大規模な損失がでる悲痛な話もあります。しかしそれがギャンブルというもの。過去にバカラで大勝利をした歴代の有名なプレイヤー6名をご紹介します。

 

柏木昭男

柏木昭男、別名「ザ・ウォリアー」と呼ばれる柏木氏は、東京の不動産市場で財産を築き10億ドル以上の資産を持っていたと伝えられています。「ザ・ウォリアー」とは、そのもの応じしない賭け方から、ついたあだ名。また、ハイローラーの中でも超高額のベットを繰り返す人「ホエール(鯨)」と呼ばれるほどで、得意のバカラで一度に賭ける金額は25万ドル(当時のレートで3700万円)という超高額!
柏木氏は特にアメリカニュージャージー州のアトランティックシティとラスベガスのカジノによく通っていたそうです。
かつて柏木氏は眠らずに80時間連続でバカラをプレイしていたこともあるそう。
柏木氏の最も有名な話は、アメリカ人の元大統領ドナルド・トランプ氏との対戦!1990年にトランプと契約を結び、どちらかが1200万ドルを獲得または失うまでバカラをプレイし続けました。
最初はトランプ氏が勝っていたものの、最終的には柏木氏が負けてしまい、その損失額は1000万ドルにもなりました。
柏木氏は1992年1月3日、自宅で刀によって身体中150箇所も刺されて亡くなっています。この事件は未だに未解決ですがヤクザと絡んでいたとも言われており、2007年に時効となっています。
柏木氏のストーリーは「カジノ」という映画にもなっており、大金を動かしたまさにギャンブラーらしい人生とも言えます。

柏木昭夫

ジョーン・G・ゲイツ

ジョーン・G・ゲイツから1855年から1911年まで大好況時代を生きた億万長者です。
ジョーン氏は鉄道を売り大金を稼ぎ、その後すぐにカードゲームのギャンブルに夢中になったと言われています。ジョーン氏はシカゴの自宅、またシカゴからニューヨークへの電車の旅でバカラとポーカーを頻繁に開催していました。
ある旅行中にはバカラの1回のラウンドで100万ドル(当時は約2700万ドル)を賭けるまさにハイローラー!
最も有名な話は、ジョーン氏と彼の友人は5日間連続して眠らずにポーカーをプレイしたということ。ゲームが終了したとき、200万ドルがプレイヤー間でやりとりされていたそうです。また、ジョーン氏はかつてイギリスの競馬で70,000ドルを賭け、600,000ドルを獲得しています。

ジョーン・G・ゲイツ

フィル・アイビー

フィル・アイビーは生きる伝説と言われるプロのポーカープレイヤーです。ポーカーで獲得した賞金は111億円と言われています。フィル氏がすごいのは、ポーカーだけでなくバカラを含む他の多くのカジノプレイも熟練していること。
アトランティックシティとロンドンのプントバンコ(バカラ)では、アドバンテージギャンブルという戦略を駆使し合計2,060万ドルの勝利がくを出します。しかしこのフィル氏の頭脳でつかんたとも言える戦略術が
最終的には監視映像を確認され無効と判断されてしまいます。フィル氏は訴訟を起こし最終的に1,100万ドルを勝ち取ったそうです。どちらのカジノも違法行為とは指摘しませんでしたが、裁判官によると通常のアドバンテージプレイを超えている決断がされています。

フィル・アイビー

ケリー・パッカー

ケリーパッカーはオーストラリアのはメディア王で、最も裕福な人物と言われています。メルボルンにあるクラウンカジノを作った創立者でもあります。2005年に68歳で亡くなった時には65億ドルという純資産を持っていました。
ケリー氏は大勝利をすることもあれば、大きな負けをした話も有名です。3日間、ラスベガスでバカラのセッションをした際には、約2億円の損失をしています。さらに10ヶ月のバカラのセッションでは43億円を失っています。当時(2000年)、これはラスベガスの歴史上最大の短期的損失であったそうです。
もちろん大勝利をすることもあり、旅行中に、彼はバカラを通じて20億円を勝ち取っています。

ケリー・パッカー

アーチー・カラス

アーチー・カラスは、ギリシャ生まれで歴史上最大のギャンブラーと言われています。アーチー氏の運命を変える話は、1992年12月、ロサンゼルスからラスベガスまでの車の移動時に起こります。その時、ポケットにあったのはたったの50ドル。しかし、彼は友人から事前に10,000ドルを借りており、プールとポーカーの組み合わせて1,700万ドルの勝利金を勝ち取りました。
その後、プールとポーカーのプレイに飽きたアーチー氏はクラップスをするようになります。1995年には、4,000万ドルの財産を蓄えプレイするようになります。そして次はバカラに目覚めたアーチー氏ですが1100万ドルを失ってしまいます。そこでポーカーに戻ったアーチー氏。しかし、ここでもまた200万ドルを失います。結局は、バカラに戻り、さらにまた1,700万ドルを失ってしまいます。稼ぐこともあれば負けることも多くあったアーチー氏。まさに最大のギャンブラーと言えます。

アーチーカラス

アドナン・カショギ

父はサウジ王の専属医師、そしてアドナン自身はサウジアラビアの武器商人として1980年のピーク時には総資産40億円を持っていたと言われています。また1997年、ダイアナ妃と共にパリで事故死したドディ・アルファイドの叔父でもあります。
数々の若い妻を様々な国に持っており、女もギャンブルも好きだったようです。
バカラを好んでプレイし、ロンドンのカジノを訪れるときはいつも数億のお金が動かしていました。またヒルトンインターナショナルの売り上げ業績が10%以上も下げたといった伝説を残しています。大敗を3カ月の負け額は最大で14億円近く負けたともいわれています。

アドナン・カショギ