日本で一番の人気カジノゲームなのがバカラ。世界中でも多くの人に愛されていています。バカラには約600年以上の非常に古い歴史があり今も尚プレイされているのです。

そんなバカラの歴史を知れば、益々バカラへの愛が深まるのでは無いでしょうか?ウンチクとしてちょっとお披露目するのもありですよね!早速バカラの始まりから現在に至るまで、バカラがどのように広まり人気ゲームになったのかを詳しくご紹介します。

バカラの由来

「バカラ」という名前の由来はイタリア語と言われており、ゼロあるいは破産という意味の言葉が語源とされています。
因みに日本で人気のグラス「バカラ」がありますが、それはフランスのロレーヌ地方、バカラ村に誕生したことが由来で、カジノのバカラとは関係が無いようです。

バカラの歴史

今ではインターネットを通してプレイすることができるバカラ。今日に至るまでどのような歴史があるのか見ていきましょう。

イタリア貴族のゲーム

バカラの起源は600年以上前に、イタリアで始まったと言われています。バカラはイタリアの貴族の間で楽しまれていたタロットカードから派生し、15世紀頃には貴族の間で格式高いゲームとして行われていました。当時は印刷技術が無かったため、カードそのものが高価であり、貴族やお金持ちのみが楽しめた言わば高級ゲームだったのです。

バカラ

フランス・イギリスに伝わる

その後、イタリアとの紛争から帰国した兵士によってバカラはフランスに持ち込まれます。王族チャールズ8世と彼を取り巻く貴族たちの間で、特にお気に入りのゲームだったという記録があります。そしてバカラは数世紀の間イタリア、フランスの貴族において人気を博したのです。

ヨーロッパに広がる

その後ヨーロッパを中心にどんどんと広がっていきます。一部地域ではギャンブルの弊害を恐れ、違法とする地域もあったほどです。また、同時に地域によって様々なローカルのルールが生まれ、バカラはゆっくりと広く発展していきます。

イギリスで注目を浴びる

イギリスでは、1886年にバカラが違法となりました。しかし1891年にウィリアム・ゴードンがバカラのプレイ中に不正行為をし、王室に中傷の令状を出したという大きなニュースが注目されました。またバカラをプレイした者は、その後の裁判の証人として呼ばれたそうです。 このニュースは新聞で大きく取り上げられ、バカラの規則やルールなどが公開され、バカラの知識が大衆に広まっていったのです。

バカラ

フランスでケミーが流行

バカラは特に19世紀からフランスの貴族の間で人気を博します。ナポレオン時代と1907年にカジノギャンブルが合法化される前は、フランスの人々は一般的にプライベートゲームルームでバカラをプレイしていました。
この時代のバカラは、3人用のゲームであったそうです。フランスでは「Chemin de Fer(ケミン・デ・フェル、通称 ケミー)」という独自のバージョンにしてプレイされていましたが、後に2人用のゲームとなります。

バカラ

ヨーロッパからアメリカへ

18世紀後半になりバカラはヨーロッパから北米へと渡ります。1871年、アメリカのニューヨークタイムズの記事では最初にバカラを言及しています。
しかし、アメリカではブラックジャックやクラップスが最初に流行しており、1931年にギャンブルが合法化されるまで数十年の間は、バカラはなかなか注目されないゲームだったのです。

バカラ

ジェームズボンドによってアメリカで流行

アメリカでバカラの火付け役となったのは、1953年にリリースされたイアン・フレミング著者の小説、ジェームズボンド「カジノロワイヤル」です。
映画や小説を読んだことが無い方も、ジェームズボンドはカジノが好きなイメージがありませんか?そんなアメリカにおけるカジノのバカラはこんなところから広まったんですね。
1958年には、ラスベガスのカジノ「Sands(サンズ)」がこの小説からインスピレーションを受けて、アメリカで一番最初のバカラのテーブルをオープンします。

バカラ

キューバでプントバンコが広まる

1950年代には、キューバのハバナにあるカジノで、バカラのさらなるバージョンが開発されました。 それがプントバンコです。これは賭ける人がプレーヤーとバンカーのどちらのハンドが勝つかを賭けるかの、正に現代版のバカラとなる大きな変化でした。 

プントバンコ

ラスベガスでプントバンコを導入

後にバカラに関する本を出版したトミー・レンツォーニは、アルゼンチンのマルデルプラタカジノを訪れた際に、プントバンコを発見しすぐにラスベガスのカジノに警告します。 これを受けて、Sandsは1959年にプントバンコテーブルをオープンしました。
テーブルをオープンした初日の夜に、25万ドル(現在では220万ドル相当)を失ったことは有名な話となっています。

ラスベガスで15台のみの高級テーブル

1970年代には、ラスベガス全体にはまだ15台のバカラテーブルしか設置されていませんでした。その結果、お金持ちや有名人だけの魅力的なゲームとして販売されるようになります。賭けをする人はベルベットのカーテンで人前から隠された個室にバカラのテーブルが置かれ、高価な革張りの椅子に座り、非常に高い最低賭ベット額のみでプレイされていました。

バカラ

アメリカのカジノが利益をあげる

アメリカのカジノはバカラのテーブルを続けて次第に利益を上げ始めます。例えば、2012年5月、ネバダ州はバカラのテーブルゲームの利益は18.3%だけでしたが、2013年5月には33.1%に増加し、2014年5月には45.2%に上昇しています。

バカラの歴史

現在におけるバカラ

バカラは主にオンラインカジノとランドカジノの普及により、過去数十年の間にさらに人気のカジノゲームとなります。

バカラが貴族のみがプレイできる、お金持ちのみだけがプレイできるというのはもう過去の話です。

現在は、ランドカジノはもちろん、オンラインカジノならいつでもどこでも自由にプレイすることができます。またバカラのゲームによってベットの限度額も異なるため、少ない資金でも高額の資金でも自分に合ったバカラプレイを楽しむことができます。